走水神社

走水神社（はしりみずじんじゃ）は、神奈川県横須賀市走水に鎮座する由緒ある古社で、古代から海を守護する神として厚い信仰を集めてきました。創建は景行天皇の御代、日本武尊（やまとたけるのみこと）が東征の途上において走水の地に立ち寄ったことに由来すると伝えられています。日本武尊は、東国平定のために現在の神奈川県から房総半島へ渡ろうとしましたが、相模湾の荒波に阻まれ、船が進むことができませんでした。その時、后である弟橘媛命（おとたちばなひめのみこと）が自らの命を海に捧げることで海神の怒りを鎮め、日本武尊一行は無事に渡航できたと伝わっています。この悲話は「走水の海人（あま）の伝承」として後世に語り継がれ、走水神社の信仰の核となっています。

祭神は弟橘媛命を主神とし、日本武尊と大伴黒主（おおとものくろぬし）を配祀しています。弟橘媛命は「自己犠牲と慈愛の象徴」として古くから尊崇され、特に海の安全を祈願する人々に厚く信仰されてきました。その御心は、荒ぶる自然に立ち向かう勇気や、大切な人を守るために尽くす精神として、現代人の心にも深く響きます。そのため、走水神社は「航海安全」「海上守護」のご利益に加え、「縁結び」「夫婦和合」「家族円満」のご利益があるとされ、多くの参拝者を集めています。

境内は相模湾を望む高台にあり、古来から「海を見守る社」として親しまれてきました。拝殿からは海原を一望することができ、晴れた日には房総半島まで見渡せます。この景観は単なる美しさにとどまらず、海を渡った弟橘媛命の魂を偲ぶ場として神聖な雰囲気を漂わせています。また、境内には「橘の井」と呼ばれる湧水があり、これは弟橘媛命が日本武尊の渇きを癒やすために掬った水が湧き出したと伝えられています。この霊水は古来より「不老長寿の水」「恋愛成就の水」として信仰され、多くの人がその恵みをいただこうと訪れています。

さらに、走水神社は歴史的にも重要な役割を果たしてきました。平安時代には朝廷から海上交通の守護神として崇敬を受け、江戸時代には徳川将軍家からも厚い信仰を寄せられました。特に江戸湾の入り口にあたる走水は海防の要衝であり、海運や軍事の安全を願う祈りの場として人々に深く結びついてきたのです。

現在では、走水神社は観光地としても人気を集めています。周辺には「観音崎」や「猿島」などの名所があり、海と歴史のロマンを体感できるエリアとして多くの人々が訪れています。また、毎年行われる例大祭では、地元の人々が海上安全と豊漁を祈願し、神輿が海辺を練り歩く勇壮な姿を見ることができます。この祭りは、古代から続く海と人との深い結びつきを現代に伝える貴重な文化行事となっています。

走水神社は、弟橘媛命の自己犠牲の精神を通じて、海の畏怖と恵みを伝える場所であり、また人々の心に勇気と安らぎを与えるパワースポットでもあります。荒波を鎮めた后の愛と献身の物語は、訪れる人々に「大切な人を守る力」を思い起こさせ、日常の中で忘れがちな感謝の心を取り戻させてくれるのです。海の神秘と人の祈りが交わるこの神社は、古代から現代に至るまで変わらぬ信仰を集め、訪れる人の魂を深く癒やし続けています。